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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)5365号 判決 1984年7月30日

原告安藤憲三こと

洪憲三

右訴訟代理人

矢田部三郎

被告

東洋実業株式会社

右代表者

浅井光男

右訴訟代理人

曽我乙彦

金坂喜好

影田清晴

仏性徳重

清永武之助

主文

一  被告は、原告に対し、二二万七八六〇円及び内二〇万七八六〇円に対する昭和五八年三月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一本件傷害事件の発生

(一)  被告は大阪府東大阪市太平寺二丁目一〇番一九号所在の建物において、「ロードボール」という名称で、パチンコ、アレンジボール等の遊戯場を経営する株式会社であり、見座は被告の従業員として、同建物の三階にある被告社員寮三〇七号室に住み込みで働いていたことについては、当事者間に争いがない。

(二)  右争いのない事実及び<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができ、以下の認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1)  見座は、昭和五八年三月二一日午後六時四五分ころ、営業中の同所遊戯場一階のアレンジコーナーの店内において、客として来店していた原告から、アレンジボールの終了台を開放して使わせるように要求されたところ、これを断わったため口論となり、原告から「表へ出ろ」と言われた。

(2)  見座は、原告から、同店東側の被告駐車場まで連れ出され、なおも口論を続けていたところ、そこへやつてきた原告の友人である裵も加わつて、裵及び原告から殴る、蹴るの暴行を受けた上、自動車でいずこかへ連れ出され更に暴行を加えられるかのような脅迫までも受けたが、原告の友人である許が仲裁にはいつたこともあつて右暴行は一旦おさまつた。しかし、両者の感情の対立は、依然として解消されないまま残つていた。

(3)  見座は、その場から逃がれようと考えて、自室を教えたうえで、着替えをしたい旨の口実を設け、約三〇メートルばかり離れた被告社員寮三階の自室に逃げ帰つた。

自室に帰つた見座は、原告らが自室に入り込んで来て、いずこかへ連行されれば更にひどい暴行を受けるかも知れないと思い、自室内の食器入れの中から炊事用の庖丁(刃体の長さ約15.5センチメートル)を取り出して右食器入れの上に置き、もし原告らがのり込んで来た場合は、この庖丁で刺すか切りつけるかしてでも原告らを追い払おうと考えていたところ、同日午後七時前ころ、裵がのり込んで来て、つかみかかろうとしたことから、右庖丁を右手でつかみ、同人に向つてこれを振り回し、突きかかつたが、同人がこれにひるまず、立ち向つてきたばかりか、そのころ原告も自室にのり込んできて加わつてきたため、右庖丁をもつて、裵の頭部を突き刺し、額面を切りつけ、更に、原告をめがけて突き刺したが、右手でよけられたため、更に背後から原告の背部、左肩部を切りつけ、原告らに傷害を与えた。

二被告の責任

(一) 前記認定事実によれば、被告の被用者である見座と原告との間の被告アレンジボール店内での口論は、被告の事業の執行行為を契機として発生したものであり、右口論より被告駐車場における喧嘩が発生し、右喧嘩がおさまらないまま、それが自然の勢いで発展し、引き続き被告社員寮での本件事件を発生させるに至つたものであつて、これらは一連の連続した行為であると認めることができる。そして、右口論から本件事件の発生までの時間は一五分足らずであり、しかも、右口論がなされた被告アレンジコーナーの店内と本件事件発生の現場である被告社員寮は同一建物の一階と三階であり、被告の支配内にあり、時間的にも場所的にも、きわめて接近しているものということができる。

以上のとおり、本件事件の発生は、被告の事業の執行と密接な関連を有すると認められ、被告の事業の執行につきなされたものということができるから、被告は民法七一五条一項により、原告の被つた損害を賠償する責任がある。

(二)  被告は、見座の行為は、正当防衛にあたると主張する。

しかし、先に認定した事実によりすれば、原告の行為は見座の生命身体に対する急迫不正な侵害とはいえても、見座の行為が自己の生命身体を守るために已むを得ずしてなした加害行為と認めることはできないから、被告の右主張は理由がない。

(三)  被告は、原告がその責任と危険において自から招いた行為の結果、本件事件を発生させたものであるから、見座の行為の違法性を阻却すると主張するが、原告の右事由が過失相殺の事由となるのは格別、原告の損害について原告の同意がない以上、違法性阻却事由とならないことは明らかであり、右主張は理由がない。

(四)  被告主張の過失相殺について判断する。

先に認定した、原告と見座との口論、喧嘩の経緯からみると、原告が見座に対し、不正不当な要求をし、これを聞き入れないとみるや、同人を連れ出し、殴る蹴るの暴行を加え、更に見座の自室にまでのり込んで暴行を加えようとした結果、本件事件が発生したものであるから、本件事件の発生について原告にも過失があり、その過失は五〇パーセントとみるのが相当である。

三原告の損害

(一)  受傷等

<証拠>を総合すれば、原告は、本件事件により、右手関節部切創、右頬部擦過傷、左肩挫創、左背部切創(三か所)の傷害を受け、昭和五八年三月二一日から同年四月四日までの一五日間、牧野病院で通院治療を受けたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(二)  損害額

(1)  治療費

<証拠>によれば、原告は、本件受傷により、治療費として五七二〇円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。してみれば、原告の前記過失を考慮して、右五七二〇円の五〇パーセントにあたる二八六〇円を被告に負担させるのが相当である。

(2)  通院交通費

原告は、本件受傷により、通院交通費として六〇〇〇円相当の損害を受けたと主張するが、本件全証拠によるも、右事実を認めることができない。

(3)  紛失した車の鍵、家の鍵及び指輪並びに着衣及び靴の損傷

原告は、本件事件により、車の鍵、家の鍵及び指輪を紛失し、着衣及び靴の損傷を受けたと主張する。

前記認定の原告の受傷の程度からみると、本件事件により原告の着衣に損傷を生じたことを推認することができ、右損害額は一万円を下らないものと認めるのが相当であるから、原告の前記過失を斟酌し、その五〇パーセントにあたる五〇〇〇円の限度で被告に負担させることになる。

右以外の物損の主張については、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。

(4)  休業損害

先に認定した事実によれば、原告は本件事件により、前記傷害を受け、一五日間の通院治療を余儀なくされ、その間稼働できなかつたことを認めることができる。そして、<証拠>によれば、原告は、本件受傷当時、豊商事の営業社員として、一か月四〇万円の収入を得ていたことが認められるので、原告の休業損害は二〇万円と認めることができるが、原告の前記過失を斟酌し、その五〇パーセントにあたる一〇万円を被告に負担させるのが相当である。

(5)  慰藉料

前記認定の原告の傷害の部位・程度、通院期間、原告の前記過失、その他本件にあらわれた諸般の事情を勘案すれば、本件受傷によつて原告が被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては一〇万円が相当である。

(6)  弁護士費用

本件<証拠>によれば、原告が、原告訴訟代理人に、本件訴訟の追行を委任し、相当額の報酬の支払義務を負担していることを認めることができるのであつて、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額等に鑑み、弁護士費用の額としては二万円の限度で被告に負担させるのが相当である。

四結論

以上の理由により、被告は、原告に対し、本件損害賠償として、合計二二万七八六〇円及び弁護士費用を除く内二〇万七八六〇円に対する本件事件の後である昭和五八年三月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。

よつて、原告の本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(福永政彦)

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